奈良きたまちの観光情報発信サイト

奈良市内・きたまちの観光・見どころ・歴史発見

きたまち

新着情報

2010.07.10
7月13日・14日に、きたまちの八坂神社で「ぎおん祭り」があります。13日の宵宮は夜店・催しでにぎやかになります。ぜひ一度お越しください。
2010.06.08
[ボランティアスタッフ募集]「奈良きたまち」の風物詩、幻燈会(げんとうえ)を今年も開催します。今年は8月1日(日)。興味のある方、「ひと夏思い出」をつくりたい方、「一肌脱いで助けたろ」というやさしいお方・・・。メールにてご連絡ください。>>問い合わせる
2010.06.04
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2010.05.28
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2010.05.12
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2010.05.10
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2010.04.25
ムラタさんの絵を追加しました。>>見る
2010.04.07
サイト開設しました。

「きたまち」とは

奈良女子大学

近鉄奈良駅の北側に広がるエリアを通称「きたまち」と呼びます。かつては奈良の北の玄関口として、京都や大阪から来た多くの旅人が行き交い、旅籠や商店が立ち並ぶ活気溢れる町でした。

奈良時代の転害門(世界遺産)、鎌倉時代の刀鍛冶、室町時代の南都八景、戦国時代の多聞山城跡、江戸時代の奈良奉行所、明治時代の奈良女子大旧本館(重要文化財)など、きたまちには1300年間の歴史資源や文化遺産が数多くあります。

戒壇院・水門町あたりは奈良の粋が漂う大人の散歩道。奈良街道沿いには、鏃(やじり)の穴も今なお残る天平時代の遺構、転害門。般若寺までのならだらかなの丘陵地、平城山(ならやま)。静寂に包まれた聖武天皇陵、光明皇后陵。メルヘンチックな明治時代の洋風建築、奈良女子大、少年刑務所。散策の途中には、古い町並みの格子の家々や、きたまちに残る伝統的な技を伝える14の「まちかど博物館」、かわいいお地蔵さんたち、お洒落なカフェやアトリエにも出会えます。

東大寺や正倉院といったおなじみの観光コースだけで帰るのはもったいない、歩けば歴史に出会える古都ならではの発見の楽しさと、初めて来たのになぜかホッとする魅力が、きたまちにはあります。

コンテンツ紹介

きたまち散策
「きたまち」ってどんなところ?そんな方のために、きたまちの魅力を簡単にご紹介します。きたまち散策マップ、きたまちの観光名所をめぐるクイックツアー、水彩画で見るきたまちスケッチ散歩、信長も嫉妬した伝説の多聞山城の話など。
歴史の雫(しずく)
きたまちには、転害門、戒壇院般若寺、少年刑務所、奈良女子大など有名な観光スポットはもちろん、いろいろな橋、門、お地蔵さまなど、1300年の歴史の跡がいたるところにあります。そんな大小様々の「歴史の雫」を、6つの散策コースに分けてご紹介します。
行事・祭り
奈良街道まちづくり研究会では、まちづくりは楽しくをモットーに、二月堂竹送り、幻燈会、祇園神社年越しイベント、きたまち寄席など地域のまつりを興しています。なにせボランティアなので超々低予算で、最大の効果をあげるよう知恵を絞るのも楽しい作業です。
奈良街道まちづくり研究会
ならまち北エリア「きたまち」を活気ある町にするべく、奈良街道まちづくり研究会が発足しました。奈良街道まちづくり研究会の設立趣旨やメンバー、これまでの活動や町づくり計画への取り組みをご紹介します。

みどころピックアップ

転害門

転害門(てがいもん)

天平当時の姿を残している数少ない遺構。八脚門という格式の高い門で、日本で現存するのは法隆寺と転害門だけ。国宝、世界遺産に登録されています。

柱には、いまでも、たくさんの鏃(やじり)が突き刺さったまま。平重衡の南都焼き討ちか、松永と三好の戦いのときに、受けたものでしょうか。真っ赤に燃えさかる大仏殿をバックに、転害門をはさんで戦う光景が想像されます。

奈良女子大学記念館

奈良女子大学記念館

奈良女子大学記念館は明治41年に奈良女子高等師範学校の本館として建設、国の重要文化財に指定されています。グリーンが印象的な洋風建築。ここは江戸時代、大和一円を統治した奈良奉行所があった場所でもあります。

奈良奉行所は、江戸幕府の設置した遠国奉行のひとつ。約29,000平方メートルの敷地があり、遠山金さんのいた江戸北町奉行所の3倍以上の大きさ。奉行所として日本一の規模。堀で囲まれ、京都の二条城と同じ規模のまさにお城と言えます。

女子大前の道が広いのは、ここで行列を整えたから。奉行所向かいの寺川道具店は、奉行所の中をのぞけないように2階に窓がありません。奉行所があったことの証人です。

少年刑務所

少年刑務所

明治41年に建造されました。奈良を代表する明治の建築。ヨーロッパ中世の城や修道院を参考に設計された赤煉瓦造りの美しい建物。設計者は、ジャズピアニストの山下洋輔さんのおじいさんにあたる山下啓次郎。

毎年9月中旬に、構内で矯正展という展示即売会があり、中に入れてもらえます。また、構内には奈良奉行所の牢屋2棟が保存されています。

般若寺

般若寺(はんにゃじ)

創建には諸説有りますが、天平年間に初めて名が登場。最盛期には学徒千人を数える規模でした。平家物語では大激戦地となり、焼失してしまいます。東大寺、興福寺など天平の名刹もことごとく灰燼に帰しました。

鎌倉時代になって僧叡尊・忍性により再建されましたが、松永三好の戦いでまた焼失しています。宮本武蔵の般若坂の決闘もこの辺り。とにかく、京都からの街道が、最初に奈良に入る交通の要衝でしたから、多くの歴史ドラマが生まれました。

きたまちに埋もれた「歴史の雫(しずく)」

奈良阪地蔵
奈良阪地蔵

奈良といえば、東大寺や興福寺など天平時代だけのイメージでかたられますが、都が京都に移ってから現代まで、約1200年間、活気に満ちた人々の営みがありました。 中世から東大寺郷として、商工業が発展し、江戸時代には、奈良代官所や奈良奉行所が置かれ、政治の中心でもありました。

奈良では、中世以降は歴史にあらずの感じですが、現代につながる奈良の近代、近世こそが、今のわれわれの生活のルーツになっているので、この時代を探ることは、これからのまちづくりの新たな発想が生まれてくるかもしれません。

きたまちには、奈良町のように、古い町並みがまとまって残ってるわけではありません。転害門や、般若寺、少年刑務所、奈良女子大など点としては、有名なところがありますが、面としての魅力に欠けているようです。しかしまちの中には、1300年間に積もった数え切れない「歴史の雫(しずく)」がいたるところに落ちています。

研究会では、こうした町に埋もれている「歴史の雫」を発掘し、ジグソーのようにつなぎあわせていくことで、1200年間にわたる厚みを背景にした町の物語を発信し、かつてのようないきいきしたまちづくりの起爆剤にしてきたいと考えています。

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当サイトについて

当サイトは、奈良街道まちづくり研究会がすべてボランティアで運営しています。特定の政治、宗教、営利を目的としてはおりません。

奈良街道まちづくり研究会について

●旧奈良街道筋は、古くから旅籠や商店が立ち並ぶ活気溢れる町でしたが、近年、高齢化や少子化の影響、また商業施設の郊外化等の影響から商店も閉店する所が多く、町に活気がなくなってきました。●そこで、子供たちが将来にわたって、安心して楽しく暮らし、またこの町を愛し、誇りに思える人々を少しでも増やすとともに、地元住民が主体となって、そこに生活する住民の声を行政と一緒になってまちづくりに反映させていくことを的に、平成10年8月24日、地元住民によるボランティア団体として発足しました。

管理人プロフィール

辻村友秀(奈良街道まちづくり研究会会長)。奈良街道沿いで、手作りの布団にこだわった布団屋を営む。大吟醸家。