きたまちの歴史年表

きたまちの歴史年表をご紹介します。

奈良時代 710(和銅3) 藤原京から平城京へ遷都。
728(神亀5) 金鍾山寺(きんしょうさんじ)建立。
740(天平12) 恭仁宮へ遷都。
741(天平13) 国分寺建立の詔。金鍾山寺が昇格し大和国金光明寺となる(東大寺の前身)。
743(天平15) 紫香楽宮へ遷都。盧舎那仏造顕の詔。
744(天平16) 難波京へ遷都。
745(天平17) 都を平城に戻す。
752(天平勝宝4) 東大寺、盧舎那仏開眼供養を行う。東大寺二月堂御水取りの行事始まる。(仏教が伝来して200年目)
754(天平勝宝6) 唐僧鑑真ら来日。
756(天平勝宝8) 聖武天皇崩御。聖武天皇の遺品を東大寺正倉院に納める。
平安時代 784(延暦3) 長岡京へ遷都。
789(延暦8) 造東大寺司の廃止。東大寺の七堂伽藍の一応の完成。
794(延暦13) 平安京へ遷都。
855(斉衡2) 地震のため東大寺大仏の頭が落ち、大仏を修理する。
1180(治承4)  平重衡の南都焼き討ち。般若寺、東大寺、興福寺を焼く(東大寺は法華堂、二月堂、転害門、正倉院以外は全て灰燼に帰す)。
鎌倉時代 1195(建久6) 東大寺再建落慶法要行われる。
室町時代 1446(文安3) 東大寺戒壇院焼ける。
1447(文安4) 興福寺衆徒が東大寺僧坊を壊す。
1467(応仁元) 応仁の乱起こる。大和の衆徒・国民も分立。
1559(永禄2) 松永久秀、奈良に多聞山城を築いて居城とする。武家の大和支配の始め。
1567(永禄10) 東大寺大仏殿の戦い。松永久秀、三好三人衆を東大寺に破る。般若寺、大仏殿兵火にかかる。
江戸時代 1603(慶長8) 江戸幕府開かれる。奈良町の町割りを行い、惣年寄制を実施。
1608(慶長13) 暴風雨で南都に被害。
1613(慶長18) 奈良奉行を置き(現奈良女子大学構内)、中坊秀政をこれに任じる。
1623(元和9) 南都で大火、1300戸焼失。
1664(寛文4) 奈良を直轄領とし、南都代官所が設置される。
1692(元禄5) 東大寺大仏の開眼供養を行う。
1704(宝永元) 奈良町で大火、約2000戸を焼く。
1709(宝永6) 大仏殿再建、落慶供養(建築規模は建築当初の約三分の二)。
1738(元文3) 南都代官廃止される。
1762(宝暦12) 奈良で大火、3000余戸を焼く。
1780(安永9) おかげ参りが流行。
1846(弘化3) 川路聖謨、奈良奉行となる。
1867(慶応3) 奈良・三輪・高田などで「ええじゃないか」が起こる。
明治時代 1868(明治元) 奈良奉行を廃し、興福寺をして町政にあたらせ、ついで大和鎭撫総督府、さらについで奈良府が置かれる。
1869(明治2) 奈良府を奈良県と改称。
1871(明治4) 大和一国を所轄する奈良県を設置。奈良・郡山など20カ所に郵便役所・郵便取扱所を設置。
1874(明治7) 鼓阪小学校の前身、又新舎(ゆうしんしゃ)第一番小学校開校。
1876(明治9) 奈良県を堺県に合併。
1880(明治13) 奈良公園が開設される。
1881(明治14) 堺県が大阪府に合併、大和国も大阪府の管轄となる。
1887(明治20) 奈良県を再設置。
1892(明治25) 奈良−大阪・湊町間に鉄道開通。
1898(明治31) 奈良町に県下最初の市制施行。
1899(明治32) 関西鉄道株式会社により関西本線が全通。
1908(明治41) 奈良市内に電話開通。奈良女子大学の前身、奈良女子高等師範学校設立。
1910(明治43) 平城遷都1200年祭。
大正時代 1914(大正3) 大阪電気軌道(現近畿日本鉄道)、大阪上本町−奈良間開通。
1918(大正7) 県下各地で米騒動起こる。
1921(大正10) 平城宮跡が史跡に指定される。
昭和時代 1928(昭和3) 京都−奈良間を結ぶ奈良電気鉄道(現近鉄京都線)開通。
1947(昭22) 奈良市立若草中学校創立。
1950(昭和25) 奈良市、国際文化観光都市を宣言。
1959(昭和34) 阪奈道路(奈良−大阪)開通。
1969(昭和44) 西名阪道路開通。
1980(昭和55) 東大寺大仏殿昭和大修理落慶法要が行われる。
1984(昭和59) 第39回国民体育大会「わかくさ国体」開催。
1988(昭和63) 「なら・シルクロード博」開催。
平成時代 1997(平成9) 第二阪奈道路開通。
1998(平成10) 奈良市制100周年。東大寺、興福寺、春日大社、春日山原始林、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡の8ヶ所が、世界文化遺産条約の遺産リストに登録される。
2010(平成12) 平城遷都1300年祭。

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