第3回 きたまち大学校 2014.03.02

今年で3回目になる「きたまち大学校」。奈良女子大学記念館で開催。参加者は約260名。講師の方々のお話の内容も充実しており、参加者のみなさんに喜んでいただきました。

3月2日日曜日。
他でも色々な催しやイベントがありましたのに、多くのかたにご来場いただきまして、本当にありがとうございました。マイクに不具合がありましたり、話し手皆様の熱意の表れで、予定時間を大幅にオーバーすることとなってしまったりと、本当にご迷惑をおかけいたしました。心からお詫び申し上げます。


記念講演「京街道と般若寺の歴史」

般若寺ご住職 工藤良任師
多くの資料を元に滔々たる美声で語られる、奈良の歴史、きたまちの来し方。街道沿いにあのような伽藍があったかと今更ながら驚かされることばかりでした。背の高さが印象的な一対の石の笠塔婆は鎌倉時代に建立され、明治の廃仏毀釈の頃まで、街道に面して建っていたとのこと。色々な絵図にその姿を留めていました。今は境内の中、折々の花にかこまれてすっくと立っています。


講義「奈良きたまちと奈良八重桜」

なべかつ会員 原田豊実氏
県花・市花であり、奈良女子大学の校章や奈良市の市章にもデザインされている「ナラノヤエザクラ」についてのお話です。植物としての解説(九重桜との見分け方のこつ)や、伊勢大輔の詠んだ歌で名高い奈良八重桜。大正8年に奈良県の岡本勇治氏が東大寺知足院で再発見し、天然記念物に値すると国に推薦。しかし岡本氏はその後若くしてこの世を去られた・・・と色々な角度から奈良の八重桜について、熱く語ってくださいました。


    

講義「転害門今昔」

てんかつ副会長 和束海治郎氏
「『てがいもん』と振り仮名がふられていることが多いですが、私は昔から『てんがいもん』と読んできましたので、本日もこれでお話しいたします」とにこやかに始められました。門の歴史的な運命、東大寺は幾度となく火災にあっているのに、しかもすぐ近くの子院も焼け落ちているのに、奇跡的に創建当時の姿を留めていること。鎌倉期の補修の様子や、いまだに突き刺さったままの鏃(やじり)とその周囲の柱の疵のこと。転害門の異名の多さなどを解説されたあと、最後の「織田信長は転害門を通ったか」という何とも魅力的なお話を時間不足でやや駆け足気味にしていただいたことが残念でなりません。多聞城と正倉院を訪ねた信長のたどったコースを推理する…。


きたまちのさまざまな魅力を味わうことのできた、早春の日曜の午後でした。





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